File.6 深夜のリサーチ地獄から、私を救った「AIが見抜いた本質」

深夜23時、私はまた「情報の海」で溺れていた

「ママ、明日は一緒にご飯食べられる？」

娘の咲希からのLINEが、スマホに届いたのは金曜の夜22時30分。私、鈴木真奈美（30）は、自宅のダイニングテーブルでノートパソコンと資料の山に囲まれていた。

「ごめんね。明日もお仕事があるの。日曜日は一緒にいられるから」

返信しながら、胸が痛んだ。また嘘をついた。日曜日も、来週月曜のプレゼンのためにリサーチを続けなければならない。

東邦メディカルシステムズ。従業員2,800名、売上高850億円の医療機器メーカー。今回のコンペは、基幹システムの全面刷新。予算規模は4億円。我々にとっても、競合の大手ベンダー4社にとっても、絶対に逃せない案件だった。

問題は、私がこの案件のリサーチと戦略立案を全て一人で抱え込んでいることだった。

「東邦メディカル 有価証券報告書 2024」Enter。247ページのPDFをダウンロード。「医療機器業界 規制動向」「東邦メディカル 取引先」「医療DX 最新トレンド」……キーワードを変えながら検索を繰り返す。気づけばChromeのタブは52個を超え、デスクトップには「東邦メディカル_メモ1」「東邦メディカル_最終」「東邦メディカル_本当に最終」「東邦メディカル_決定版」といった意味不明なファイルが散乱していた。

時計を見ると、23時45分。娘はとっくに寝ている。

（情報は山ほど集まった。でも、これを「勝てる提案」にどう落とし込むんだ？ 先輩の吉田さんなら、こういう時どうやって本質を見抜くんだろう……）

「また、表面的な提案だったんだ…」敗北を悟った瞬間

翌朝、土曜の7時。私は再びパソコンの前に座った。咲希はまだ寝ている。

昨夜集めた膨大な情報を、パワーポイントに落とし込んでいく作業。でも、手が止まる。

（東邦メディカルの経営企画室長、木村さんは何を最優先しているんだ？ コスト削減か？ 業務効率化か？ それとも新規事業への対応か？）

木村室長の過去のインタビュー記事を5本読んだが、どれも当たり障りのない内容だった。「現場の声を大切に」「データに基づいた意思決定」「デジタル化の推進」……どの企業の経営者でも言いそうな言葉ばかり。

競合分析も同じだった。A社は「グローバル実績」、B社は「最新AI技術」、C社は「低コスト」、D社は「スピード導入」。それぞれの強みは分かる。でも、我々がどう差別化すれば勝てるのか、見えてこない。

結局、土曜の夜19時までかかって、73ページの提案書を完成させた。でも、自信はなかった。どこかで見たような「そつのない提案」に過ぎない。娘との約束だった夕食も、またキャンセルした。

月曜のプレゼン当日。木村室長の反応は、予想通り淡々としていた。

「ええ、分かりました。他社さんの提案も聞いてから、総合的に判断させていただきます」

その言葉を聞いた瞬間、私は悟った。これは「総合的に判断」という名の「お断り」だと。

帰りの電車で、スマホに届いたのは咲希からのメッセージだった。「ママ、今日もお仕事頑張ってね。咲希、ママのこと応援してるよ」

涙が出そうになった。娘のために頑張っているはずなのに、娘との時間を全て犠牲にしている。それなのに、結果も出せない。

「またAIか…」半信半疑でクリックした、その夜

その週の水曜日。LinkedInを眺めていると、ある広告が目に留まった。

「BtoB営業のリサーチ時間を87%削減。AIリサーチアナライザー」

（また、よくあるAIツールの誇大広告だろう……）

そう思いながらも、私はクリックした。理由は単純だった。もう、このままじゃ限界だったから。週15時間のリサーチ地獄、娘との時間ゼロ、そして成果も出せない。何かを変えなければ、私は壊れてしまう。

サイトには「無料トライアル」の文字があった。ダメ元で、次のターゲット企業「グリーンテック・イノベーションズ」の企業名を入力してみた。

3分後、レポートが生成された。

「これが…AIが見抜いた『本質』なのか」

画面を見た瞬間、私は息を呑んだ。

これだ。これが、私が3日間かけても見つけられなかった「本質」だ。

高橋本部長の「過去2回の導入失敗」。この情報は、有価証券報告書にも、プレスリリースにも載っていない。でも、AIは過去のインタビュー記事、社内報、業界誌の断片的な情報から、この「痛み」を抽出していた。

そして、競合分析。A社、B社、C社の強みは、私も知っていた。でも、「弱み」、特に「グリーンテックにとっての弱み」は見えていなかった。AIは、高橋本部長の価値観と競合の特性を掛け合わせて、我々が攻めるべきポイントを明確にしていた。

（これなら、勝てる。いや、勝たなければいけない）

「表面的な提案」から「刺さる提案」へ。私の営業が変わった瞬間

AIが作成したレポートをベースに、私は提案書を作り直した。ただし、全てをコピペしたわけではない。AIが抽出した「高橋本部長の価値観」と「我々の差別化ポイント」を軸に、自分の言葉で再構成した。

そして、初回面談。グリーンテック・イノベーションズの会議室で、私は高橋本部長と向き合った。

「高橋本部長、今日は『システム定着率92%』を実現してきた我々の、具体的なご提案をお持ちしました」

この一言を口にした瞬間、高橋本部長の表情が変わった。

「ほう、それは興味深いですね。実は、過去2回のシステム導入で、現場に定着せず失敗した経験があって……」

そこから、高橋本部長は40分間、過去の失敗と現場の課題を語り続けた。2019年のシステム導入で現場が混乱したこと、2021年のベンダーが導入後すぐにサポートを打ち切ったこと、IT部門と事業部門の溝……。

私は、AIが事前に教えてくれた「高橋本部長の価値観」を頭に置きながら、一つ一つ丁寧に応答した。

「おっしゃる通りです。導入後の定着支援こそが、システム刷新の成否を分けます。我々は、導入後12ヶ月間、毎月貴社の現場に伺い、運用改善を並走支援します」

「IT部門と事業部門の連携不足についても、我々の導入プロセスには『合同ワークショップ』を組み込んでおり、両部門が一緒に要件を整理する仕組みがあります」

面談の最後、高橋本部長はこう言った。

「鈴木さん、他社とは明らかに違いますね。我々の『痛み』を本当に理解してくれている。次回は、具体的な導入スケジュールとサポート体制を詰めましょう」

結果、グリーンテック・イノベーションズの案件は、我々が受注した。競合のA社、B社、C社を抑えて。契約額は3.2億円。そして何より、提案書作成にかかった時間は、たったの4時間だった。

娘と過ごす週末を取り戻した日

AIリサーチアナライザーを導入してから3ヶ月。私の生活は劇的に変わった。

【定量的な成果】

• リサーチ時間: 週15時間 → 週2時間（87%削減）
• 大型案件の受注率: 38% → 55%（17ポイント向上）
• 残業時間: 月60時間 → 月15時間（75%削減）

何より大きかったのは、家族との時間を取り戻せたことだった。

先週の日曜日、久しぶりに咲希と一緒に公園に行った。ブランコに乗りながら、咲希が言った。

「ママ、最近いつも笑ってるね。前はずっと疲れてたのに」

娘の言葉に、涙が出そうになった。そうか、私は娘の前でも、ずっと疲れた顔をしていたんだ。

そして、チーム全体も変わった。若手の鈴木も、AIが作成したレポートをベースに、自分の言葉で提案書を作れるようになった。「鈴木さん、これまで先輩の背中を見ても全然分からなかったことが、AIのレポートで理解できました」と言ってくれた時、私は「属人化」から「標準化」への転換を実感した。